塚原千恵子

女子体操の宮原紗江選手が日本体操協会からのパワハラを告発した問題。

 

告発を受けた塚原千恵子女子強化部長は元体操選手でもあったようなのですが、果たして若い頃はどんな姿で、どれくらい活躍した選手だったのでしょうか?

 

塚原千恵子氏の若かりし頃の画像や、何故これだけの権力を握っているのかについて、まとめてみました。

 

塚原千恵子の昔(若い頃)の画像!元体操選手だけど成績は?

塚原千恵子

名前:塚原千恵子(つかはら・ちえこ)

旧姓:小田(おだ)

生年月日:1947年8月12日

出身地:長崎県

出身校:日本体育大学

 

日本体操協会の女子強化本部長・塚原千恵子氏は元体操選手です。

 

ゆかを得意種目とし、大学時代(1967年)には全日本学生体操競技選手権で個人総合優勝の経験があります。

 

その他、

・全日本選手権5位入賞(1967年)

・夏季ユニバーシアード女子団体金メダル(1967年)

・メキシコ五輪 個人総合19位(1968年)

・メキシコ五輪 女子団体4位(1968年)

・全日本体操競技選手権大会 優勝(1969年)

・全日本学生体操競技選手権大会 優勝(1969年)

・NHK杯体操選手権 優勝(1969年)

・第17回世界体操競技選手権 団体4位(1970年)

という戦績を残しています。

 

気になるのは、塚原千恵子氏の若かりし頃の姿ですよね?

 

現役時代の塚原(旧姓・小田)千恵子氏の画像はこちら!

塚原千恵子

 

おお!今よりもスマートですね!!

 

今の塚原千恵子氏の姿からはちょっと想像がつきませんが、こうして見ると確かに「体操選手だったんだ!」と納得がいきます。

 

1972年に現役を引退後、同じく体操選手として活躍した塚原光男氏と結婚。

 

以来、体操指導者としてオリンピック体操チームのコーチを歴任したり、塚原体操センターの副校長や朝日生命体操クラブ女子チーム監督を務めています。

 

1977年には、長男の直也氏が誕生。

塚原直也

 

塚原夫妻が指導を務める朝日生命体操クラブには、長男の直也氏(アテネ五輪金メダル)を始め、

・内村航平(うちむら・こうへい)選手

・小菅麻里(こすげ・まり)選手

・鶴見虹子(つるみ・こうこ)選手

など、多数のオリンピック選手を輩出しています。

小菅麻里
小菅麻里選手は「体操界のゴクミ」と呼ばれ活躍していました。

 

あの内村航平選手も朝日生命体操クラブに所属していたとは、驚きですよね!

 

内村航平選手が朝日生命体操クラブに入ったのは塚原直也氏に憧れて、という理由です(その後は日体大→コナミスポーツクラブ→プロ転向)。

 

日刊ゲンダイによると、

朝日生命は自力で選手を育てる力が乏しく、他のクラブで実力をつけてきた選手を獲得する手法でクラブを強化してきた。代表合宿に呼ばれた有望選手に『うちの方がうまくなる』『あのコーチはダメ』と声をかけて勧誘する手口は業界内で有名です。

とあります。

 

塚原夫妻からのパワハラを告発した宮川紗江選手も

「朝日生命体操クラブへの加入を勧められた」

と話しています。

 

塚原千恵子氏の現役時代は素晴らしい成績を残していますが、指導者としての力量はどうなんだろう?と思ってしまいます。




 

塚原千恵子が体操界で権力を握れる理由がヤバイ

塚原千恵子

 

塚原千恵子氏は宮川紗江選手のパワハラ告発に対し、

「こんなの言ったもん勝ちじゃない!もう黙ってないわよ」

「私ね何も悪いことしてないからさ」

私達が協会辞めたら相当なことになるよ、もっと言いたいこと言うよ

と強気の反論姿勢を見せています。

 

塚原千恵子氏は何故こんなに強気でいられるのでしょう?

 

ここでちょっと、宮川紗江選手のパワハラ告発についておさらいしてみましょう。

 

宮川紗江選手が8月29日に行った告発によると。

宮川紗江

 

塚原光男氏(日本体操協会副会長)と千恵子氏(女子強化本部長)は宮川紗江選手に対し、恩師の速見コーチの暴力指導を認めるように執拗に迫ったそうです。

 

宮川選手が断ったところ、千恵子氏は

「五輪に出られなくなるわよ」

「家族でどうかしている。宗教みたい」

と脅し、延々2時間も説得に当たったといいます。

宮川紗江

 

しかしこの宮川選手の告発を、塚原光男氏は

「なんで彼女があんなウソを言うのか分からない、全部ウソ!」

とバッサリ言い放ち、千恵子氏も

「宮川選手の発言にはウソが多い」

と反論しました。

 

その後、塚原夫妻は

「18歳という宮川紗江選手にこのような会見をさせてしまったことにつきましても、私たちにも責任があることは確か」、「宮川選手に対して(高圧的だと)思わせてしまったのであれば私の態度に問題があったと考えており大変申し訳ない」

と謝罪はしつつも、宮川選手の主張を否定する声明を発表しています。

 

さらに千恵子氏は宮川紗江選手との会話を録音していたとし、

「お聴きいただければ私が決して高圧的な態度ではないということはお分かりいただける」

などと発言しました。

 

でもそもそも自分で録音していたのなら、高圧的な態度にならないよう工作できるし、証拠としては無意味ですよね。

 

塚原千恵子氏がここまで強大な権力を握ることができたのは、塚原家が体操界へ大きく貢献してきたことが最大の要因です。

 

塚原光男氏は、1968年のメキシコ五輪から3大会連続の金メダル獲得。

 

千恵子氏もメキシコ五輪に出場。

 

息子の直也氏もアテネ五輪で金メダル獲得。

 

さらに教え子たちもオリンピックに数多く出場するなど、その実績が強大なため、体操界に大きな影響を与える存在となったのです。

朝日生命体操クラブ

 

特に千恵子氏の女子体操界での力はとても強く、千恵子氏に意見しようものなら『ナショナルトレーニングセンターを使わせない』などの圧を選手にかけていたそうです。

 

1991年の全日本選手権では審判全員が朝日生命OBで構成され、“朝日生命所属の選手に有利な点数が出ている”として48人もの選手が演技をボイコットしたこともありました。

 

それでも塚原夫妻は体操界の中枢に居続け、独裁体制を取ってきました。

 

中には、こんなツイートも。

 

いくら体操界に貢献したとはいえ、30年以上も権力を握り続けて思いのままに体操会を操っていたとしたのならヤバすぎです。

 

池谷幸雄さんや森末慎二さん、田中理恵さんなど元体操選手たちが次々と宮川紗江選手を擁護しているところにも、塚原夫妻のヤバさが現れていると思います。




 

まとめ

塚原千恵子氏は現役時代に優秀な成績を収めた体操選手でしたが、指導者に転向してからは塚原家の栄光を傘に権力を握り、日本体操協会でやりたい放題だった疑惑が持たれています。

 

宮川紗江選手のパワハラ告発に関して、協会と利害関係のない第三者委員会の調査が入るそうなので、調査結果の行方を見守りたいと思います。