羽生結弦

羽生結弦選手の国民栄誉賞受賞が決まりましたね!

 

フィギュアスケート男子でオリンピック2連覇を果たし、そのうえ被災地支援も行ってきた羽生結弦選手はまさに国民栄誉賞に値する素晴らしい人物だと思います( ´∀`)

 

そこで今回は、羽生結弦選手をこんなに立派に育て上げたご両親や家族についてまとめてみました☆彡

 

羽生結弦選手は両親と姉の4人家族!

羽生結弦

羽生結弦選手は宮城県仙台市の出身です。

 

家族両親と4歳年上の、それに羽生選手の合わせて4人です。

 

羽生選手のご家族は普段全く表舞台に姿を現すことがないので、どんな方なのか謎に包まれていますよね。

 

そこで今回は羽生結弦選手の家族に焦点を当ててみると同時に、羽生選手の強さと礼儀正しさを育んだご両親の子育ての方針についてもまとめてみました。

 

羽生結弦選手の父:羽生秀利さんは中学校の校長

羽生秀利さん

 

羽生結弦選手の父、羽生秀利さんは宮城県で公立中学校の先生として働いてらっしゃいます。

 

上記の画像が羽生秀利さんです。優しそうな方ですよね!

 

羽生選手に「結弦(ゆづる)」という名前をつけたのが父の秀利さんで、

「弓のぶように凛とした生き方をして欲しい」

という意味が込められています。

 

なお、他のサイトでこちらの画像が「羽生結弦選手の父・秀利さん」として紹介されていることもありますが、

都築章一郎

小さい頃の羽生結弦選手と一緒に写っているこの方は、フィギュアスケートの都築章一郎コーチです(;´∀`) 

 

2018年現在、羽生秀利さんは宮城県多賀城市の塩竈三中(しおがまさんちゅう)で校長先生の職に就かれてらっしゃいます。

 

平昌オリンピックでフィギュアスケート男子シングルのSP(ショートプログラム)が行われた日には、体育館にパブリックビューイングの設備を設定し、全校で『宮城が生んだ世界の至宝、あるオリンピック日本代表選手』の応援をしたそうです(・∀・)!

塩竈三中PV

 

自主性を重んじ見守るスタイル

羽生秀利さんは数学の先生で、野球部の顧問を務めていました。

 

羽生結弦選手が小学校3~4年生のとき、少しスケートの練習が嫌になってきたときに秀利さんは

「野球のほうがお金もかからないし、スケートが嫌なら辞めてもいいんだぞ」

と声をかけたことがあったそうです。

 

しかし羽生選手が熟考の上に出した結論は「スケートを続ける」という答えでした。

 

それ以来、父の羽生秀利さんはスケートに関して決して口を出すことはなく「お、頑張ってるな」と頑張りを認めて声をかけ、練習や試合を見守って来ました

 

羽生秀利さんのそんな教育方針は勤務先の中学校でも発揮されているようで、

「才能には限りがあるが、努力には限りがない」

「夢を持ち」「夢を膨らませ」「夢が実現できるように」

と新年度の校長式辞で述べてらっしゃいます。

 

羽生結弦選手を育てた父・羽生秀利さんの言葉ですから、説得力がありますよね!

 

フィギュアだけの人間ではダメ

また父の秀利さんは「フィギュアスケートだけでなく、勉強もしなければダメだ」と口を酸っぱくして言い聞かせていたそうです。

 

そのため羽生選手は遠征先にも教科書や参考書を持ち込んで、きちんと勉強をしていました。

羽生結弦の勉強姿

 

勉強のときには眼鏡をかけることもあり、ノートはきちんと書かれています。

羽生結弦

 

もし私が羽生結弦選手の親だったら、フィギュアスケートが世界レベルなのだから勉強なんて二の次でいいと言ってしまいそうですが、それをさせなかったご両親は本当に素晴らしいと思います!

 

ちなみに羽生結弦選手は中学時代から成績もよく、フィギュアも勉強も1番にこだわるという負けず嫌いの一面を見せています。

 

得意な科目は数学で、中学~高校と成績はオール5であったとTV番組(2018年1月放送の「NNNドキュメント『絶対に勝ってやる!羽生結弦 自分への挑戦』)で明かされています。

 

更には大学も早稲田大学を推薦ではなく一般入試で合格しているところからも、羽生結弦選手の頭の良さが伺えます。

 

羽生結弦選手をフィギュアだけでなく勉強面でも伸ばしてきたのは、ひとえに父・秀利さんの教育の賜物であるといえます。




 

羽生結弦選手の母:羽生由美さんは専業主婦

羽生由美

羽生結弦選手の母・由美さんは専業主婦をされています。

 

笑った顔が羽生選手と似ていますね( ´∀`)

ちなみに羽生選手の運動神経の良さも、母の由美さん譲りなのだとか。

 

母・由美さんが喘息持ちだった羽生結弦選手を心配し、なんとか喘息を克服させてやりたいと姉のフィギュア練習に連れていったのが、羽生選手のスケート人生の始まりでした。

 

羽生結弦選手は呼吸の面でこそ喘息のハンデがありましたが、フィギュアを始めた当初から体幹の強さや負けず嫌いの芯の強さを発揮し、才能の片鱗を見せていきました。

 

母・由美さんは羽生選手のフィギュア生活を支えるためにパート勤めに出ていたほか、試合の衣装を手作りしたり、栄養管理学やメンタルの勉強をして競技生活をサポートしてきました。

 

名将ブライアン・オーサーも認める母・由美さんの賢さ

2012年に羽生結弦選手はブライアン・オーサー氏(バンクーバー五輪金メダリストで金メダル獲得のキム・ヨナ選手を育てたコーチ)に師事するため、母と2人でカナダのトロントに移住します。

 

カナダに移住した当初の羽生選手は、肉料理の多さに外食で胃もたれしてしまうことがありました。

 

そこで母の由美さんは家で消化の良い鍋を作って食べさせるなどして、献身的に羽生選手を支えてきました。

 

また、羽生選手が2012年の世界選手権SPで7位にとどまった際、

「ここまで来られたこと自体が厳しい練習のおかげ。『頑張ろう』というメッセージをFSの演技で送りたい」

とコメントしたことに対し、

被災地のみんなに応援されているっていう立場を、忘れているのではない?

と活を入れたのが母・由美さんでした。

 

その結果、羽生選手は「応援するんじゃない、応援されているんだ」と気持ちを切り替え、フリーで会心の演技を披露し、見事に銅メダルを獲得したのです。

 

ブライアン・オーサーコーチは羽生選手の母・由美さんについて

「あんなに賢い母親はなかなかいません。決して練習内容や指導方針には口を出さず、ただジッと見守っている。健康のことや食事など、自分がサポートすべきことを見極めていて、ユヅルが自主的にスケートに打ち込めるよう、常に気を配っている人です」

と絶賛のコメントを寄せています。

 

東日本大震災でフィギュアの練習ができなくなってしまった際には、スケート連盟やコーチ陣に片っ端から頭を下げてまわり、羽生選手の練習が再開できるように駆けずり回った母の由美さん。

 

そんな母の背中を見ていたからこそ、羽生選手は震災のショックから立ち直り、再び滑ることができたのでしょう。

 

羽生選手が「僕は自分のためだけに滑ってるんじゃない」と口にするようになったのも、この頃からでした。

 

ステージママ?怒ると怖い?

羽生結弦選手の母・由美さんはテレビ局などのインタビューでプライベートの質問が出ると「それはスケートと関係がありますか!?」と厳しい調子で記者に注意する…という話がネット上に出ています。

 

また、羽生選手が少しでもナーバスになったときはすぐに冷静さを取り戻せるよう声をかけ、励まし続けてきたという話もあります。

 

そんな母の由美さんの気遣いを「ステージママ」だと揶揄する声もあるようですが、私はこれはちょっと違うと感じています。

 

日本のマスコミは人気が出たスポーツ選手に対して、「恋愛」ネタや「家族」ネタなど競技とは直接関係のないようなことでもすぐに聞きたがるように思います。

 

競技に関係のない質問は答えるのが大変そうですし、ちょっとでも何か発言しようものなら面白おかしくテレビや雑誌に取り上げられて、事実と違うことを言われたり書かれたりすることもあるかもしれません。

 

そんな気苦労を羽生選手に負わせるくらいだったら、プライベートな質問は片っ端からシャットアウトしたい、そして息子を競技に集中させてあげたい、母の由美さんはそんな風に思っているのではないかと感じます。




 

羽生結弦選手の姉・さやさんは4歳年上

羽生結弦選手には4歳年上のお姉さんがいて、名前を「さや」さんといいます。

 

お姉さんが先にフィギュアスケートを始めていました。

 

羽生姉弟を指導していた都築章一郎コーチによると、お姉さんも羽生選手とよく似ているのだとか。

 

姉のさやさんもフィギュアが上手で、それを見た羽生選手が

「お姉ちゃんが飛べるなら僕も飛べる!」

「お姉ちゃんができるなら僕もできる!」

と、様々な技に果敢に挑んでいったそうです。

 

お姉さんも将来有望なフィギュア選手でしたが、家計の負担を考え、自分はフィギュアを引退してしまいました。

 

羽生結弦選手の幼少期を導いたのは、ある意味お姉さんであるとも言えますね。

 

そんなお姉さんは現在、自分たちのホームリンクでもあった地元の「アイスリンク仙台」で職員として勤務しています。




 

羽生結弦選手の家族に共通した考えとは?

羽生結弦

 

羽生結弦選手の両親と姉、それぞれに共通した考えがあります。

 

それは

頑張っているのは本人(羽生結弦選手)であって、家族は関係ない

ということです。

 

例え羽生結弦選手が金メダルを取っても、国民栄誉賞を受賞しても、決して表に出てくることはありません。

 

我が子がスポーツで有名になると前へ出てくるタイプの親もいたりしますが、羽生結弦選手のご家族はそんなことは決して無く、ずっと謙虚さを忘れずにいるのです。

 

羽生結弦選手を影で支え続け、自分たちは決して前には出ない。

 

そんなご両親やお姉さんのポリシーが昔から今も変わらずずっと続いていることが素晴らしいと思います(・∀・)!

 

こんなご家族の元で育ったからこそ、羽生結弦選手は安心してフィギュアに打ち込み、見事に五輪2連覇という偉業を成し遂げたのではないかと思えました。

 

以上、羽生結弦選手のご両親・お姉さんに関する話題でした。

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