有馬記念をキタサンブラックで制した武豊騎手が、後藤浩輝騎手に勝利を報告していたことが分かりました。

 

後藤浩輝騎手は今は亡きジョッキーで、キタサンブラックのデビュー戦で騎乗した騎手でもあります。

 

後藤浩輝騎手とはどんな騎手だったのか、武豊騎手が後藤浩輝騎手に勝利を捧げた理由をまとめてみました。

 

 

後藤浩輝騎手とはどんなジョッキー?

後藤浩輝騎手は1974年3月生まれで、神奈川県出身です。

後藤浩輝

 

後藤浩輝騎手は母親の勧めで競馬の道に進み、1992年に騎手デビューを果たしました。

 

通算勝利1510勝、重賞勝利53勝、G1級勝利5勝という成績を収めています。

 

後藤浩輝騎手はファン向けのイベントに力を入れるなど、明るいキャラクターが競馬ファンに受け入れられていました。

 

一方で、後藤浩輝騎手は首の怪我に悩まされていました。

 

2012年5月のNHKマイルカップで進路妨害を受け落馬し「頚椎骨折の疑い、頸髄不全損傷」との診断を受けました。

 

後藤騎手は4ヶ月後に復帰しましたが、復帰レースの入場時に落馬し「第一、第二頚椎骨折、頭蓋骨亀裂骨折」と診断され入院してしまいました。

 

2013年10月に復帰したものの、半年後の2014年4月のレースで再び進路妨害に遭い「頚椎骨折」の怪我で休業を余儀なくされました。

 

2014年11月にレースに復帰しますが、2015年の2月に転倒落馬で頚椎捻挫の怪我を負ってしまいました。

 

その月の終わりに後藤浩輝騎手は40歳でこの世を去ってしまいました。

 

後藤浩輝騎手が度重なる頚椎骨折の怪我で追い詰められていたことが原因だと推察されています。

 

特に2012年と2014年の落馬事故は、どちらも岩田康誠騎手の乗る馬に進路妨害をされていることから、岩田騎手を糾弾する声も上がっています。

 

ただ、生前の後藤騎手は岩田騎手とはわだかまりなどはないと語っていたようです。

 

 

武豊騎手が後藤浩輝騎手に勝利を報告した理由が泣ける

2017年12月24日に行われた第62回有馬記念を制したのは、1番人気のキタサンブラックでした。

 

キタサンブラックはこの有馬記念がラストランで、騎乗していたのは武豊騎手でした。

 

武豊騎手は馬上からキタサンブラックの勝利を天に向かって2人の人物に報告しました。

 

1人は武豊騎手の父で、昨年他界した名騎手「武邦彦」氏。

 

そしてもう1人が、後藤浩輝騎手です。

 

キタサンブラックが2015年1月にデビュー戦に出場した際のジョッキーが、後藤浩輝騎手だったのです。

 

もし後藤浩輝騎手が生きていたとしたら、キタサンブラックの引退戦に騎乗していたのは後藤騎手だったのかもしれません。

 

数々の栄冠を手にしたキタサンブラックですが、後藤騎手は天へと旅立ってしまったため、キタサンブラックの活躍を目にすることができませんでした。

 

キタサンブラックの引退戦で何が何でも優勝し、有終の美を飾って後藤騎手に報告したい・・・

 

武豊騎手がそう考えていたとしてもおかしくはないと思いました。

 

後藤浩輝騎手がもし首の怪我に悩まされていなかったとしたら、キタサンブラックのラストランは自分が務めたかったのかもしれない、そしてそんな後藤浩輝騎手の遺志を武豊騎手が引き継いで見事に優勝へと導いた、そんな風にも見えた今年の有馬記念でした。