和歌山カレー事件

1998年に和歌山市園部地区で発生した「和歌山カレー事件」。

 

4名もの尊い命を奪い、60名以上を負傷させたとして逮捕された林真須美(はやし・ますみ)被告は、2009年に最高裁で極刑が確定しています。

 

小さい頃はピアノを所有する家で何不自由なく暮らしていたという林真須美被告。

 

それなのになぜ極刑で人生を終えることになるのか?

 

林真須美被告の生い立ちから半生をたどると、そこには林真須美被告に心の闇を植え付けた2人の男の存在がありました。

 

和歌山毒物カレー事件とは?

和歌山カレー事件

和歌山カレー事件(和歌山毒物カレー事件)とは、1998年7月25日に和歌山県和歌山市の園部(そのべ)地区で行われた夏祭りで振る舞われたカレーに毒物が混入された事件です。

 

毒が入れられたカレーを食べてしまった地域住民のうち、4名(小4男児、高1女子、自治会会長、自治会副会長)の尊い命が犠牲となり、67名が腹痛や嘔吐などの症状を訴えて病院に搬送されました。

 

当初は保健所が「食中毒」だと判断しましたが、その後の和歌山県警の捜査によりカレーに猛毒のヒ素(亜ヒ酸)が混入されていたことが判明しました。

 

発生当初から事件に関与しているのではないかと疑われたのが、夏祭りの会場近くに住んでいた主婦・林真須美被告(当時37歳)。

林真須美

 

林被告の自宅には連日多くのマスコミが訪れ、ワイドショーは毎日のように和歌山カレー事件について報じました。

 

1998年10月に林真須美被告は別の詐欺容疑で夫と共に逮捕され、その後12月にはカレーに毒物を混入した容疑で再逮捕されました。

 

林真須美被告はカレー事件の容疑を全面否認していましたが、2009年に最高裁で極刑が確定、再審請求も2017年3月に棄却されました。




 

林真須美に心の闇を植え付けた2人の男とは?

林真須美

 

林真須美被告は和歌山カレー事件への関与を一貫して否認し「自分は犯人ではない」と言い続けています。

 

しかし高額の保険金詐欺を行ったことについては認めています。

 

林真須美被告が詐欺行為に身を染めた背景を知りたくて調べた結果、林被告に心の闇を植え付けた2人の男性の存在が気になりました。

 

林真須美の生い立ち~地味な父・外交的な母

 

林真須美被告は1961(昭和36)年、和歌山県の小さな漁村で生まれました。

 

真須美被告は兄が2人いて、末娘として育てられます。

 

F(林真須美被告の旧姓)家の父親は地味なタイプの男性で、一方の母親は保険の外交員として明るく社交的なタイプでした。

 

真須美被告は当時その地域では珍しくピアノを買い与えられ、お小遣いも充分に与えられていたため、経済的には何不自由なく暮らしていました。

 

家の手伝いもする「いい子」だったという真須美被告。

鍵っ子

 

しかし両親は共働きで、兄弟も上に兄2人ということですから、女手として早くから家事の手伝いをさせられてきたことが容易に想像できます。

 

私も同じ立場なので分かるのですが、兄弟が家の手伝いを免除されているのに自分だけが手伝わされるのはとても悔しいんですよね。

 

こればかりは小遣いやピアノを与えられていたとしても、満たされなかったのではないかと想像します。

 

忙しい両親は遊んでくれず、家事を強制されていたとしたら、寂しい・悔しいという気持ちを持ったのではないでしょうか。

 

そのためか、幼少期の真須美被告を知る近所の人々は「明るい子」だったと語ると同時に「負けず嫌い」であったとも多くの人が証言しています。

 

真須美被告の思春期~父親の愛情不足が負けず嫌いを増長?

テスト

 

真須美被告は思春期、どちらかといえば痩せていて内気な少女でした。

 

穏やかな笑顔を浮かべる、恥ずかしがり屋で清純な女の子だったといいます。

 

その反面、負けず嫌いの一面は幼少期よりもむしろ強くなっていました。

 

テストで悪い点数を取ってしまったときなど、露骨に悔しさをあらわにしたという真須美被告。

 

怒ったときは周りが驚くほどヒステリックになり、普段の穏やかな様子とはうって変わって、収まりがつかなくなるほどだったといいます。

キレる猫

 

林真須美被告の二面性には驚かされますが、いったいなぜこのような性格になってしまったのでしょう?

 

真須美被告はもしかしたら、親の愛情に飢えていて、自分を認めてほしかったのかもしれません。

 

テストで良い点を取れば、周りから「すごい」なんて言われて、承認欲求が認められたのでしょう。

 

あるいは普段は穏やかでも、内心では「他の人よりも優位に立ちたい」と思っていたのかもしれません。

 

真須美被告の母は優秀な保険の外交員だったといいますから、「人より優れた成績を収めること」を大事にしていたのではないかと思われますし、知らず知らずのうちに真須美被告が母親と同じ価値観を持っていたということも充分に考えられます。

 

そして私は、父親の存在感が全くないことが気になりました。

人気のない波打ち際

 

もし父親が真須美被告に深い愛情を注ぎ、温かい言葉をかけていたならば、真須美被告はここまで負けず嫌いにならなかったかもしれないのではないでしょうか。

 

もしかしたら仕事が忙しかったのかもしれませんし、父親なりに子供たちへ愛情は注いでいたのかもしれません。

 

しかし真須美被告が後に、19歳の若さで15歳も年上の男性(夫となる人物)と交際を開始したことを考えると、父親の愛情は果たして足りていたのだろうか?と思わざるを得ません。




 

看護学校に入学~夫との出会い

林真須美

 

林真須美被告は県立高校を卒業後、大学附属の看護学校に入学します。

 

そして19歳で後の夫となる林健治(はやし・けんじ)氏と出会います。

 

看護学校では寮生活を送っていた真須美被告。

 

寮生活のしつけや規則の厳しさに真須美被告は「こんな生活は嫌だ、自由がほしい」と愚痴をこぼしていました。

 

その頃に出会った健治氏は、当時35歳でシロアリ駆除会社を経営する会社社長でした。

 

健治氏は既婚者であったにもかかわらず、真須美被告に20万円のネックレスをポンと贈ったり、高級外車で迎えに来るなどしていました。

 

また健治氏は本業とは別に100万円単位の儲けを出すことがありました。

 

真須美被告は健治氏と付き合うことで、もしかしたら同級生よりも優位に立ったような気持ちになったのかもしれません。

 

夫との結婚~そして保険金詐欺へ~

林真須美夫妻

 

1983年、真須美被告は22歳で健治氏と結婚します。

 

健治氏にとってはこれが3回目の結婚でした。

 

真須美被告はおそらく、バラ色の結婚生活が待っていると思っていたことでしょう。

 

しかし真須美被告の期待は、あっけなく結婚式当日に打ち砕かれます。

 

些細な行き違いから、健治氏は15歳年下の真須美被告に手を上げたのです。

 

欲しかった年上男性からの愛情が手に入り、裕福な暮らしが待っていると思ったら、まさかの仕打ち。

 

この点だけは、真須美被告に同情します。

 

やがて健治氏は仕事をしなくなり、ついに会社をたたんでしまいます。

 

真須美被告はそんな健治氏を憎みます。

 

しかし贅沢な暮らしを覚えてしまった真須美被告が選んだ道は、健治氏と離婚することではなく、保険金詐欺で多額の金をだまし取ることでした。

 

保険の外交員だった母と同じように、自分も生命保険の外交員として働き出した真須美被告。

 

真須美被告も当初は、真面目に働いていたはずです。

 

しかし真須美被告は生命保険の知識をフル活用し、夫が障害者になったように装って、多額の保険金を手にします。

 

医師に「両手足が一切動かず、終身介護を要する」という内容の診断書を書いてもらうために、夫はシロアリ駆除の仕事で使う毒(ヒ素)を舐め、わざと入院したのです。

 

こうしてだまし取った保険金の総額は、8億円とも10億円とも言われています。

 

そして1998年におこった、和歌山カレー事件。

 

夏祭りで振る舞われたカレーの見張り番に真須美被告が1人でいたこと、夫の障害者認定が保険金目当てに毒を使って自作自演した疑いが濃厚になったことから、林真須美被告が犯人ではないかと疑われ、逮捕されました。

 

林真須美被告は保険金詐欺については認めていますが、カレー事件については容疑を否認し続けています。

 

まとめ

林真須美被告の心の闇は、父親からも夫からも愛情が得られなかったことでできてしまったことが考えられます。

 

しかし、だからといって保険金詐欺を行っていい理由にはなりません。

 

結婚後、4人の子供をもうけていた林真須美被告。

 

子供たちのことは可愛かったであろうに、それでも詐欺行為に手を染めて不当に金銭を得ていたことに、林真須美被告の心の闇が相当に深かったことを伺わせます。

 

和歌山カレー事件については容疑を否認し続けていますが、もし真犯人が別にいるのならばそれはそれで怖いと感じられます。