2007年に市橋達也容疑者が起こした事件は衝撃的で、日本中を震撼させました。

 

市橋容疑者はイギリス人英会話講師・リンゼイさんを襲って命を奪い、その後2年7ヶ月も逃亡生活を送っていたのです。

 

罪を犯し、自首することもなく日本国内を転々としていた市橋容疑者。

 

市橋容疑者が逮捕されたときには、リンゼイさんのご家族はもちろん、国民の誰もが「やっと捕まったか」と思ったものでした。

 

2009年に逮捕された市橋容疑者の現在や、両親と姉のその後、事件の概要と逃亡生活を続けられた理由についてもまとめてみました。




 

市橋達也容疑者の現在は?両親や姉のその後についても

市橋達也容疑者は2007年3月にイギリス人英会話講師のリンゼイ・アン・ホーカーさんを乱暴して手にかけた容疑で、2009年11月に逮捕されました。

 

2012年4月に無期懲役の判決がくだされ、現在の市橋容疑者は刑務所生活を送っています。

 

ネット上では「長野刑務所で市橋容疑者と一緒だった」という人物の書き込みがあり、市橋容疑者が『2014年の10月で2類(※)になっていた』との情報を記載していました。

 

※2類:受刑成績などに応じた刑務所での制限区分

数字が少ないほど制限が緩やかになる

 

長野刑務所といえば、あのホリエモンこと堀江貴文さんも収監されていた場所だったりします。

 

また市橋容疑者の父親は医師で母親は歯科医をしていましたが、両親ともに事件後は仕事を辞め、実家のある岐阜で静かに暮らしているそうです。

 

市橋容疑者両親は息子が事件を起こしたことで、世間から強い批判と非難を浴びることになってしまいました。

 

息子が罪を犯し、その上逃亡し続けてきたことについて、どんなにか心を傷めていたのではないかと思います。

 

それでも市橋容疑者の両親は、リンゼイさんのご家族に何度も手紙を送って謝罪の言葉を伝えたり、リンゼイさんのご両親が来日する際の費用を全て負担するなど、できることをし続けてきました。

 

市橋容疑者の父親は息子が逮捕されたとき、金銭的援助をしていたのではないか?というマスコミの質問をきっぱりと否定した上で「これ以上逃げても悲しみが増えるばかり。逮捕を望んでいた」とコメントしています。

 

また市橋容疑者には医師のもいましたが、事件を機に婚家から離縁されてしまったそうです。

 

市橋容疑者が罪を犯してしまったことで、家族の人生は悪い方へと一変してしまったのでした。




 

市橋容疑者が犯した事件の概要と動機は?

英国人女性・リンゼイさんを手に掛け逃亡

市橋達也容疑者(当時28歳)は2007年3月、当時22歳だったイギリス人英会話講師のリンゼイ・アン・ホーカーさんを千葉県市川市の自宅に連れ込み、乱暴したあげくに命を奪いました。

 

リンゼイさんは英会話スクールで英語の講師をしていましたが、市橋容疑者は英会話スクールの生徒ではなく、たまたま出会ったリンゼイさんの自宅へ押しかけるなど半ば強引な形で個人レッスンを取り付けたのです。

 

その数日後、英会話レッスンを行うために市橋容疑者とリンゼイさんが喫茶店を訪れているところが防犯カメラに映っていました。

 

英会話レッスンを終えた後、市橋容疑者は「財布を忘れた」と言って、リンゼイさんを伴って自宅へ移動しています(自宅マンションの防犯カメラに2人が映っているのが確認されている)。

 

そして、恐ろしい悲劇が起こってしまいました。

 

リンゼイさんが帰宅しないことを心配したルームメイトが警察にそのことを相談し、家に残されていた市橋容疑者の電話番号とメールアドレスが書かれていたメモを発見したことから、警察が市橋容疑者の自宅へ向かいました。

 

警察が到着し、部屋に入ろうとしたところで市橋容疑者は逃亡します。

 

市橋容疑者の逃亡生活は2年7ヶ月にも及んだ(顔画像あり)

市橋容疑者は当初、交際中の女性と共に逃亡することを思いついて電話をかけたものの、相手の電話が話し中であったために実現しませんでした。

 

逃走当時の市橋容疑者の所持金は5万円。

 

犯行発覚を遅らせるため、人相を変えるために麻酔無しで自己整形手術を行うということまで行っていることから、市橋容疑者が自首するつもりは全く無くて徹底的に逃げようと考えていたことが伺えます。

 

その後の市橋容疑者は大阪で住み込みの雇われ生活を送ったり、沖縄のオーハ島で自給自足の生活をするなど、各地を転々としながら逃亡生活を続けました。

 

自給自足生活については逃亡途中で図書館で勉強し、釣った魚や捕らえた蛇などを口にしていたそう。

 

また、住み込みの雇われ生活で得た賃金を貯め、何度も整形手術を受けていたことも明らかになっています。

 

市橋容疑者は2009年の11月に通報を受けて逮捕されていますが、逮捕されたときの風貌は以下の通りです。

市橋容疑者逮捕時

 

市橋容疑者の事件当時の画像が以下の左、逃走中に美容整形外科から情報提供された画像が以下の右なので、逮捕時は「印象が違う」「分からなかった」との声が多数上がりました。

市橋容疑者逮捕前

 

中には逮捕時の市橋容疑者を見て「イケメン俳優に似てる」と浮足立つヤツまで出る始末 👿 

 

しかし市橋容疑者に気がついたフェリー会社の職員はすぐに「市橋容疑者に似ている」と気がついたそうです。

 

市橋容疑者逮捕で1000万円の懸賞金は誰の手に?

市橋容疑者が逃亡を続けていたため、警視庁は市橋容疑者逮捕の決め手となる有力な情報を提供した人物に懸賞金を賭けていました。

 

当初は報奨金の上限を100万円としていましたが、後に懸賞金の金額は1000万円まで引き上げられました。

 

市橋容疑者の逮捕で1000万円の懸賞金を手にしたのは、

・整形手術後の顔写真を提供した名古屋市内の美容整形外科

・逮捕当日の市橋容疑者の位置情報を提供したフェリー会社

・フェリー会社まで市橋容疑者を載せたタクシー会社

の3社となったそうです。

 

市橋容疑者が事件を起こした動機

市橋容疑者は医者になるべく医学部を受験しましたが4年連続で失敗し、千葉大学園芸学部を卒業しています。

 

空手同好会に所属し、練習態度は真面目だったそうです。

 

市橋容疑者は千葉大学時代、外国からの留学生との交流会で日本側のリーダー的なポジションを務めていました。

 

市橋容疑者が外国人女性に対して興味を抱くようになったのも、この頃からだと見られています。

 

大学卒業後も両親から月15万円の仕送りを受け、仕事もせずに生活していた市橋容疑者。

 

そんな市橋容疑者に対し両親は事件の直前、「仕送りを打ち切る」と宣言をします。

 

いわば両親の愛のムチだったわけですが、市橋容疑者は両親の発言で精神的に不安定になり、自暴自棄になったと見られています。

 

しかし市橋容疑者の事情はどうあれ、何の罪もないリンゼイさんに手をかけたことは決して許されることではありません。

 

異国の地で命を落とすことになってしまったリンゼイさんの冥福を祈ると共に、このような事件が二度と起きないような社会であったほしいと願います。