大相撲春場所で、怪我を負いながらも優勝を果たした新横綱・稀勢の里。

稀勢の里
表彰式で涙する稀勢の里

新横綱が優勝したのは、大鵬・隆の里・貴乃花に続いて稀勢の里で4人目です。

隆の里(鳴戸親方)は稀勢の里の師匠にあたります。

稀勢の里が春場所で優勝できたのは、先代の師匠・鳴戸親方の教えがあったからでしょうか。

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稀勢の里の先代師匠・隆の里はどんな横綱だったか?

元横綱・隆の里の現役時代

元横綱・隆の里は青森県の出身です。

二子山親方が故郷の青森県で弟子のスカウトに訪れた際、タクシーの運転手から「浪岡(高校)にも大きいのがいる」と聞かされて出会ったのが、後の隆の里でした。

若い頃から糖尿病を患い、成績がふるいませんでした。

しかし30歳11ヶ月で横綱に昇進。

糖尿病にの苦しみに耐えながら横綱の地位をつかみとったことから、当時のNHK連続テレビ小説になぞらえ「おしん横綱」と評されました。

柔道出身の隆の里は体が固く、同期の若三杉(後の2代目若乃花)が身体の柔らかさを活かした取り口とは対照的でした。

隆の里は身体が硬いため立ち会いがやや腰高であり、立ち会いからいっぺんに速攻で出て来る相撲や突き押し相撲をやや苦手としていました。

しかし隆の里は怪力が持ち味であったため、右四つがっぷりに仕留めてしまえばどんな強敵もほぼ確実に仕留めるだけの力を持っていました。

あの国民栄誉賞に輝いた元横綱・千代の富士(モデルの秋元梢の父でもある)が唯一苦手としていたのが隆の里でした。

元横綱・隆の里の親方時代(鳴戸親方)

引退後は年寄・鳴戸(なると)を襲名し、二子山部屋から分家独立して鳴戸部屋を創設した隆の里。

鳴戸親方となってからは、糖尿病の闘病経験を活かし弟子の指導に食育を取り入れるなど、食品や料理への造形を深くしていきました。

また鳴戸親方は頭ごなしに叱り飛ばす指導方法ではなく、全員に分かるまで諭すというやり方をとっていました。

学生相撲の出身者を一切採用せず、中卒の叩き上げ力士を育て上げることに定評があり、若の里・隆乃若・稀勢の里の3力士を関脇に昇進させた手腕が角界で高く評価されました。

その一方で近年には珍しく出稽古を禁じていたため、武蔵川理事長(横綱・三重ノ海)や九重親方(横綱・千代の富士)からは「稀勢の里は出稽古に行かないと成長しない」と言われていました。

しかしそれに対して鳴戸親方は「巡業やVTRで相手の研究はできる」などとし、反論していました(鳴戸親方は現役時代、千代の富士攻略にVTRでの研究を怠らず、成果を収めていた)。

2011年、急性呼吸不全でこの世を去りました。59歳という若さでした。

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横綱・稀勢の里が亡き先代親方から受け継いだ教えとは?

稀勢の里と隆の里、師弟は似ている

隆の里と稀勢の里
鳴戸親方の教えを受ける稀勢の里

稀勢の里と隆の里(鳴戸親方)は、共に30歳で横綱昇進という点が共通しています。

耐えて忍んで横綱の地位を掴み取ったところも、稀勢の里と隆の里に共通しているところです。

体格は、稀勢の里が187センチ・175キロなのに対し隆の里は181センチ・158キロと、やや稀勢の里の方がが大きいです。

取組での立ち会い、やや腰高なのも稀勢の里と隆の里に共通しています。

隆の里に千代の富士や琴風といったライバルがいたのと同様、稀勢の里にも白鵬や琴奨菊といったライバルがいる点が共通しています。

勝負どころで弱かった時代があったことも、稀勢の里と隆の里に共通しています。

稀勢の里は先代親方を尊敬しており、優勝決定後のNHK番組での生出演で「先代は(横綱昇進後の初の本場所で)全勝優勝ですから。自分でやってみて、改めて先代の偉大さを実感しました」と謙虚に、感慨をこめて語っていました。

稀勢の里が引き継いだ、先代の教え

稀勢の里は先代の師匠・鳴戸親方から様々な教えを引き継いでいます。

体調管理

稀勢の里も先代の師匠・鳴戸親方(隆の里)同様に体調管理には気を使っています

場所中は断酒をし、散歩の習慣で体調管理を徹底してきました。

その甲斐あって足腰が鍛えられ、休場したのは初土俵以来たったの1日だけ。

今年の春場所に左上腕部の筋損傷を負いながらも優勝できたのは、散歩により足腰が鍛えられていたことが大きいでしょう。

相撲の取り口

先代の師匠・鳴戸親方は稀勢の里の体の特徴(腰・膝・足首が硬い)から四つ相撲には不向きと判断、徹底して押しと突きで行くよう指導しました。

また、先代の師匠・鳴戸親方は常に3~5年後の相撲を見据えていました、

稀勢の里が幕下の頃、まだ幕内に上る前の白鵬とあたったときに鳴戸親方は白鵬をいなすように稀勢の里に指示をしました。

結果は、白鵬の負け。

強くなる人は、負けた相撲を忘れない。もしかして立ち合いで変化するかも、いなすかもと、そういう恐怖感を植え付けなくてはいけないと言った。本人は何でそんなことを言うんだろうという感じだったけれど、僕は3~5年後のことを考えていた

稽古の大切さ

先代の師匠・鳴戸親方は稀勢の里に「やはり稽古、孤独な稽古しないと」と説いていました。

その教えはしっかりと稀勢の里に引き継がれているようです。

稀勢の里が横綱に昇進する決め手となった正月場所翌日の会見で「頂点に立った人にしか分からない気持ちがあると思う。(先代も)横綱は孤独だと言っていた」と、稀勢の里は気持ちを引き締めながら語っていました。

春場所の優勝決定戦で稀勢の里が思い出していた先代の教えとは?

春場所の千秋楽で、負傷しながらも優勝決定戦に望んだ稀勢の里。

優勝決定戦を振り返り、

最後に賭けたって感じですね。土俵際というか、そこに賭けていましたね。(先代の師匠、元横綱・隆の里の鳴戸親方は)いつも稽古場で土俵際が面白いって言っていたので、(土俵際の)そこなんだよって。いつも言っていたので、力を出せたのは教えのおかげというのもありました

と語っています。

 

これから先も活躍が期待される稀勢の里。

先代の教えを守っているところが非常に頼もしいと思いました。

5月場所では怪我を治して、また強い姿を見せてもらいたいです。

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