大阪府立登美丘高校のバブリーダンスで「ダンシング・ヒーロー」が使われ、再注目されている歌手・荻野目洋子さん。

「荻野目ちゃん」の相性で親しまれ、歌もダンスもこなしていました。

そんな荻野目洋子さんについてまとめてみました。

「ダンシング・ヒーロー」が再ヒット!荻野目洋子に注目

大阪府立登美丘高校のバブリーダンスがヒットしています(*^^*)

 

平野ノラばりのメイクと衣装にキレキレのダンスが凄く(・∀・)イイ!!

 

 

ちょっと気分が落ち込んだようなときにも、このダンスを見ると笑えて元気がもらえます 🙂 

 

そして、そのダンスのBGMとして「ダンシング・ヒーロー」が使われたことにより、荻野目洋子さんが再び脚光を浴びています。

 

荻野目洋子プロフィール

荻野目洋子

名前:荻野目洋子(おぎのめ・ようこ)

本名:辻野洋子(つじの・ようこ)

生年月日:1968年12月10日

出身地:千葉県柏市

出身校:堀越学園高等学校

所属事務所:ライジングプロダクション

 

荻野目洋子さんは小学4年生のときにテレビ番組「ちびっこ歌まねベストテン」(テレビ東京系)に出場していたところをスカウトされ、芸能界デビューしました。

 

小学生女子3人の「ミルク」というグループでデビューし、シングル2作品を発表しました。

ミルク(荻野目洋子デビュー)
一番右が荻野目ちゃん。

 

お姉さんは女優の荻野目慶子さんです。

荻野目洋子さんとは4歳離れています。

荻野目ちゃんが元気で可愛いイメージなのに対して、荻野目慶子さんは色気のある美人というイメージでしたね。

荻野目慶子
荻野目慶子さん

 

芸能界デビュー前の荻野目洋子さんは、姉の慶子さんが子役として出演した映画「獄門島」を見学に行った際に監督から回想シーン役での出演を依頼され、自身も映画出演しています。

 

中学生時代にはフジテレビ系のアニメ「みゆき」のヒロイン、若松みゆき役の声優に抜擢されました。

アニメ「みゆき」
右が「若松みゆき」

 

荻野目洋子さんが高校生のときに「ハートは、まっすぐ。」のキャッチフレーズで歌手としてソロデビューを果たします。

荻野目洋子
荻野目洋子のデビュー曲

 

デビュー当初はなかなかヒット曲に恵まれませんでしたが、1985年11月に発売された7枚目のシングル「ダンシング・ヒーロー」が初めてオリコンでトップ10入りし、荻野目洋子さん最大のヒット曲となりました。

ダンシング・ヒーロー
アンジー・ゴールドの「Eat You Up」のカバー曲

 

以降は「Dance Beatは夜明けまで」「六本木純情派」などのユーロビート調の曲をヒットさせていきました。

 

2001年に高校の同級生であるプロテニス選手の辻野隆三さんと結婚し、現在では3人のお子さんの母となっています。

 

荻野目洋子とライジングプロダクションとの関係は?

ライジングプロダクションといえば、安室奈美恵さんが所属していたことでも知られる大手の芸能事務所です。

 

実はこのライジングプロダクションは、社長の平哲夫氏が荻野目洋子さんをマネジメントするために立ち上げた会社だったことをご存知ですか?

 

1985年、ちょうど荻野目洋子さんの「ダンシング・ヒーロー」が発売された年にライジングプロダクションは誕生しました。

 

以降は観月ありささんの歌手デビューをはじめ、SUPER MONKEY’S、SPEED、DA PUMP、知念里奈、Folderなどを次々とデビューさせ、スターダムにのし上げました。

 

ライジングプロダクションには歌って踊れるアーティストがたくさん所属していますが、その原点となっているのが荻野目洋子さんなのです。

 

ちなみに荻野目洋子さん、バブル時代にはこんな衣装でステージに立っていました!

荻野目洋子

 

バブル時代の衣装って、今見ると一周回って格好いい!

自分が着てみたいとは思わないけど、また見てみたいですね(*^^*)

 

以上、再び注目されている荻野目洋子さんについてでした(^^)/